
伝承なのか、神話なのか、物語なのか、根拠は知らないんだけど、
今日はあたしの好きなお話しのひとつを。
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あるとき、そのひとは死にました。
天に帰って、そのひとが生まれ、生きた風景を、そのひとは神さまと振り返ったのです。
神さまは、振り返った景色をいっしょに見ながら言いました。
「ずっと、あなたと歩いてきたんだよ。
ほら、あなたの足あとと、
わたしの足あとが、
いっしょにずっとあるでしょう?」
ほら、あなたの足あとと、
わたしの足あとが、
いっしょにずっとあるでしょう?」
「ああ。
ほんとうだ。
あなたはずっといっしょに居てくれたんですね。
あれ?
でも、私がいちばん大変だったときの足あとが、
ひとつしかない。
あなたは嘘つきですね。
私がいちばん必要としていたあのときに、
あなたは居なかった。
あのとき、
あなたは私をひとりにした。
助けてくれなかったじゃないですか?」
助けてくれなかったじゃないですか?」
神さまは、言いました。
「あそこの足あとがひとつなのはね、
あのとき、
私があなたをおぶって歩いたからなんだよ。
あなたは、
歩めなかった。
私がおぶって歩いた足あとなんだ」
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ただそんな会話のお話し。
最後そのひとが泣いてありがとうとか言うのか、ここがなにかのお話しの一部分なのかも忘れたけど、そんなお話し。
私がこのお話しを知ったときは、ふうん、くらいだったかな、どうだったかな。
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あたしが、ずっと以前、地下鉄構内ののコーヒー屋さんで、何時間もタバコ吸いながらぼんやりしてた時のことを、最近ふと思い出した。
毎日会社帰りに行ってたコーヒー屋さんだった。
あたしは毎日じっと動けなかった。
ある日、私よりちょっと年配の女性が話しかけてきた。
「タバコ一本分けてくれない?」
いくらかの小銭とで交換した。
「あたしは看護師で、娘が居て。」
そのひとは、ガラスに面した横掛のカウンターテーブルの隣のスツールに腰掛けて、そんなよもやま話を、ポツリポツリと話した。
人懐こすぎるでもなく、はきはきしすぎるでもなく、今思えば絶妙な距離感と、話の内容だった。
そのひとは、誘うでもなく、自然に、ここをいっしょに出ようとする感じだったし、どうもいっしょに出るまでは、私といっしょに居るようだった。
だから、いっしょにお店を出て、お店を出たら、そこで、それじゃあ、とそのひとはどこかへ行った。
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そのひとは、なんだったんだろう。
10何年も前の、5分、10分のこと。
あのころのあたしは、いろいろ息詰まってた時期で、そのコーヒー屋さんを出た後は、いつも地下鉄がゴーゴー入ってくるのを見つめてた。
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さいきん、ふと、その神さまとのお話し、一節、を思い出して、そのコーヒー屋さんでのそのひとを思い出した。
そっか。
あたしの思いもかけない方法で、神さまはあたしをおぶってたのかもな。
赤の他人のかたちだったり。
あのころのあたしには、赤の他人の、なんともない少しの会話ぐらいしか、届かなかったんだよなぁ。
助けって、あたしの知らないやり方かもしんないし、
もしかして、既に届けられてるもんだったり、
なんだったりなんだったりすんのかもなぁ。
って、あのころにふとリンクした、
まあ、そんだけの話し。
直前でも、どうぞー。
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