ひとりで人を探した日。

 

30年近く前。
小学校の卒業式の後。

「卒業旅行」として、小学校卒業式のあと、春休みに友人数人とディスニーランドへ行った。
私が育ったのは千葉県だったので、電車で40分くらいで行ける距離であり、そんなに遠い場所ではなかった。

私の最寄り駅からひと駅めの駅で乗り換える。

乗り換えの駅で、私は、みんなとはぐれた。
当時は携帯電話はなかった。
私はその駅で待ってみたし、次の駅でも降りてみた。
とりあえず、私は一人でディズニーランドへ行った。
夕方まで、私はみんなを探した。

夕方に友人たちと運良く再会できた。
みんなは、あれこれ待ってた、探した、心配した、と言ってたと思う。たぶん。
この日は、みんなとスプラッシュマウンテンか何かに乗って、帰ったと思う。

その数日後、中学校の入学式だった。
小学校の時に、登下校が同じだった友人たちと、行きしなに出会った。
卒業旅行のそのグループと、同じグループだった。
中学校の道順は小学校とほぼ同じだったし、会うもの前提で歩いてた。
おはよう!入学式だね!中学生だね!と、私は声を掛けた。
みんなは振り返って、私を見て、それから無視した。
それ以降、彼女らは、私を、ずっと無視し続けた。

==


中学校の入学式から、私はどうしていたろう?

彼女らのあとをついて回った。
同じ部活にも入った。
何故無視をするのかを聞きに行った。
でも以降彼女らは、一切、話すことも目を合わすこともなかった。

幸いにも彼女らは同じクラスではなかったので、私から会いに行かなければ、会うこともなかった。
部活も辞めた。

夏までに、違う小学校出身の友達が私には出来て、その無視自体がひどくなることもなかった。

どうしてそんなに無視するんだろう?
私の何がいけなかったろう?
小学校の時は、ずっと友達はいなくて、一緒に行動するような、初めての友だちだった。
悲しかったし、辛かった。
当時は、完全犯罪の計画も一通り立てた。

頑張った。
親にも誰にも相談はしなかったので、とても頑張って、学校に行き続けた。

当時の私は、よくやったなぁ、って、今思える。

そんなこと、友達にされたら嫌だよね。
嫌だったね。
ほんっとうに、嫌だったよね。

嫌だと、今は、思える。
学校に行ってた当時の私をハグする。


==

無視されたことは、済んだこと、傷ついたけど、その後友だちもできたし。
私はそう思ってた。

それはそれはショックなことだった。
けれど、だけど、こうやって書いてみてわかったのは、私が誰かに一番知られたくなかったのは、そして私が自分で受け入れがたい自分、と思っていることは、無視され続けていたことでも、まっさらなセーラー服でおはようの挨拶がかえってこなかったことでもなかったみたい。


卒業旅行のときに、駅ではぐれてから、その後ディズニーランドでみんなを探した私のことだった。
その私のその光景が受け入れがたい。
自分の後ろ姿しか見えない。

あの光景。

無視され始めてから、何度も何度も一人で反省会をした。
その卒業旅行の件を何度も反省会に登場させすぎたんだろうか?

一週間前は仲良しだと普通だったと思っていたのは、私だけで、ほんとはみんな私のことが嫌いだったんじゃないだろうか?
それなら、ディズニーランドで再会したのも、迷惑だったんじゃないだろうか?
私に再会しないほうが、みんなにとってよかったんじゃないだろうか?
嫌われていることに、私はずっと気づかなかったんじゃないだろうか?

私のことを嫌っている人たちを、一人知らずに、勝手に希望を持って追いかけてる自分の姿。

惨めな私。
馬鹿な私。
うまくできなかった私。

無視され続けている間の一人反省会タイムが長すぎて、ここへ自身への憎しみを集中させたんだろうか?

あの一日は、私にとって、惨めさの一日なのかもしれない。
この景色が引っかかるけど、うまく感情と繋がらない、空白の景色。

ドキドキする。
手に汗をかく。

ディズニーランドと春休み特有の陽気さと、一人でみんなを探し続けている私のギャップが、埋めようもなくある。
私の中に。

このギャップの感じに、今の私は、当時の私へ、どう寄り添うのか。

こうやって、書いて、話すことは、放すことへ繋がるんだろうか?

この景色の中の何を放すんだろう。私は。

もし何かを放せたのだとしたら、放せたときのために、今、私が私を理解しようとしている記録として。


続き。書いたの。迎えに行こう。
離せたかは、未だわからないけども。

1+
[ ひとりで人を探した日。 ]わたしのこと。,友達。,記録。2019/12/11 18:07