感謝の手紙。

 

 

感謝のお手紙を書いてみることにする。

 

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(弟)

のりゆきへ

 

小さいころ、みんなで出かけたとき、私が道に迷ってしまった。

 

でも、のりゆきが、すぐに迎えに来てくれたよね。

あのときは、ほんとにほっとした。

今も、なんだか、ふっと不安な時、いつもあの迎えに来てくれた姿を思い出すんだ。

あのときも、今も、どうもありがとう。

 

家族がみんな、あれこれ大変だったとき、のりゆきが、結婚を決めて、とっても幸せになろう!としている姿を、真っ先に見せてくれた。

あのときは、ほんとにうれしかったなぁ。

 

私、その姿を見て、お仕事を変えようと、おもえたんだよ。

私、幸せになろうって。

おもえたんだ。

 

どうもありがとう。

 

 

根本裕幸著「いつも自分のせいにする「罪悪感」がすーっと消えてなくなる本」感想

 

 

 


読み始めて、ざわざわすることが多く、学びも多く、どこから書き出せばいいのかわかりません。

きっとここで手を止めさせるのも罪悪感!

では愛を選ぶぜ!
と、未熟ながら書き出す。

・・・

でも、実際は、そういう感じなのかも知んないなぁって、思ったんです。
罪悪感て。

じぶんが、良いな!
と思うものを選べなかったりとか。

こうしちゃったら、まずかったかな?
って気にしすぎちゃったりとか。

ああ。これ、間違えちゃったかなぁ。。
って、常に正解を求め過ぎてたりとか。


普段からバリバリあること。

どれだけじぶんがじぶんを幸せにしない選択をし続けているかに、まず気付くこと。
気付いて、今までとちがうやり方を、こつこつと選んでいく。

それって、この本にある、「罪悪感の裏側の愛」を選択し続けることかしら。
どんどん愛を選んで、愛だらけのじぶんをゆるしつづけちゃう。

もし、罪悪感の選択をした自分が居たとしても、
それも私。
って、じぶんを許せるじぶんになれるチャンスを得たのかもしれないし。

それって、より大きい愛のじぶんになっちゃう許可だ。


・・・


私は、「はじめに」と「おわりに」の文章がとっても好きです。


>いつも自分をゆるせないのは、なぜ?

問いかけで始まり、

>「今のままで、そのままの私で、十分しあわせを感じられる」

問い、気付くじぶん。そのままで良かったんだ。
っていう「おわりに」。


じんわり、好きだなぁとおもってます。

 

 

 

 

 

え?ちゃんと全部読んだよ!

お弟子さん講座修了しました

 

根本裕幸先生
お弟子さん講座を修了いたしました。

今後は、ココロノマルシェにて活動を予定していたり、個人カウンセリングを受付中です。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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なにがあったろう。

この半年。


今は未だ、終了の渦中にいるみたいで、何も思い出せないです。

なんだろう。


すごくたくさん、勉強した気がする。
宿題もした気がする。

今までのやり方じゃダメなんだ
っておもったり。

できなさに泣いた気もする。
怖くて怖くて、手に汗かきながら、泣きながら、進めたことのが多い気がする。


それでも、わたし、やるんだ?やりたいんだ?
こんなに震えてるのに?
って、笑ってしまった。


目の前のひとの愛にもっと集中したい、と望んだ気がする。

今のままのわたしで、もっとひとを愛してもいいんだ。
っておもったり。

なんでそうおもったか根拠も意味も、忘れた。
思い出したら書こう。

ぜんぶ、一瞬一瞬が、パラリと出てくるけど、まとめての言葉に今はならない。


すっきりしているような、ぽかんとしているような感じ。

はっと気付けば、仲間たちがいる。
わたしは、むっちゃ応援してる。
わたしは、応援を感じてる。
ブログがある。
誰かとカウンセリングで繋がれる入り口が、手元にできてた。


ぽかんとしてるけど、これ、続けたいんだな、わたし。
それ、したいんだな、わたし。
ってのが、背中と足元と繋がってる気がする。


なにがなのかはぜんぜんわかんないけど、すっきりしてる。今。
梅雨なのにね。


とっても楽しかったです。

皆さまどうもありがとうございました。

根本先生、どうもありがとうございました。

 

また思い出したら書く。

 

願い。

 

起き掛けに、ふと出てきた言葉は、

「もう傷つきたくない」

だった。

 

どこから出てきたんだろう、この気持ち。

 

 

なんだかずっと前のものな気がする。

 

わたしにしては、珍しく言葉になっている、気持ち。

訳が分からなくもない、気持ちだった。

 

 

どんな願いがあったんだろうね、そうおもったとき。

 

そして、なぜ今。

いまのいま。

 

 

その願いがあったときは、たぶん、たくさん愛したとき。

そして、いま、出てきたのはなあぜ?

 

 

 

そっか。

 

もっと愛したい。

 

その願いが出てきたから、かさぶたに引っかかったのか。

 

 

 

それで、いま。

わたしは、いまは、どうしたい?

 

 

もっと愛そう。

もっと。

たくさん、愛そう。

愛したいもの、わたし。

 

 

そんなら、仕方ないね。

また挑戦してみよう。